日本のロータリーの創始者。よって、日本ロータリーの父「Father of Rotary in Japan」と称されます。1868年2月4日、大和国高取藩の和田氏の三男として東京に生まれ、父の死後、母の故郷の静岡県長泉(現米山梅吉記念館の所在地)に移り、中学生まで、ここで過ごします。1883年上京し、1887年、米山家に養子として入籍。同年渡米し、学問を修め1895年帰国後、三井銀行に入行しました。その後1928年の渡米中、ダラスロータリークラブ(RC)のロータリアンになっていた福島喜三次の紹介により、彼はロータリークラブと出合いました。そして帰国後の1920年10月、米山梅吉は東京RCを創立し会長に就任しました。幹事は福島喜三次です。これが、日本のロータリークラブの第一歩となりました。その後、彼は1924〜26年度国際ロータリー(RI)のスペシャル・コミッショナー、1926〜27年度RI理事(日本人初)、1928〜31年度第70地区(当時)ガバナーなどを歴任しています。文筆に優れた彼には、ロータリー関係の主な翻訳書に、ポール・ハリスが著した『ロータリーの創設者ポール・ハリス』、『ロータリーの理想と友愛』(原題は『This Rotarian Age』)があります。また1952年、東京RCは彼の功績を記念し、日本で学ぶ外国人留学生に対して支援を行う「米山奨学制度」を構想しました。現在の「ロータリー米山記念奨学会」です。彼は1946年4月28日、長泉にて逝去。お墓は記念館近くと横浜市の総持寺の2か所にあります。
日本から出た二人目のRI会長(1982-83年度)。国際的にも著名な精神科医でした。テーマは「人類はひとつ 世界中に友情の橋をかけよう(MANKIND IS ONE Build Bridges of Friendship Throughout the World)」。 1982年、ボカラトン国際協議会で「人類は疑いもなくひとつの家族です。さあ、皆さん、左右にいるオジサンやイトコと初対面のあいさつをしてください」と述べたのは有名。1967-68年度第370地区ガバナー、1878-80年度RI理事などを歴任。生まれは福岡県の久留米市。大分県・中津RC会員。